法人設立1ヶ月目、20代での仕事観を考える

法人設立1ヶ月目、20代での仕事観を考える

高校を卒業してから12年、現在30歳となって20代での働き方について振り返ることも多い。地元の群馬県にいた頃は当たり前に大学に進学して就職して1人前に給料を稼ぐことが当然だと思っていたし、そこに何の疑問も持っていなかった。

両親が公務員のため、正直お金に困る家庭でもなく、平凡な性格でもあったため、特にものやお金に対する執着心はなかったし、お金を出してもらってる以上は親が望む1人前に給料を稼ぐ大人になることが義務としか考えていなかった。

東京の大学に出て、当たり前に勉強し遊んで、サークル活動して自分が何をしたいのか探していたが、好きなことや面白いと思うことはあっても、結局は本当に人生をかけてまでやりたいことは、大学時代ではみつからなかったように思う。

ただ、都度全力で取り組んでいたからか、自分がワクワクしないことや世の中に必要と思えないことはどうしても真剣に取り組むことができなかった。

リーマンショックが起きてすぐに就職活動を始めてからは、なおさらその性格に拍車がかかったように思う。昔はスポーツ記者になりたかったが、実際にアルバイトで経験をすると、自分の思うように仕事ができない社員さんの葛藤を耳にすることが多く、それなら会社に入る必要性があるのかと思ってしまった。また、会社説明会に行けば行くほど自分がなりたいと思える人や、本当にやりたいことが何なのかが分からなくなり正直働きたくなかったのが本音。

ただ、自分が本当にやりたいことは何なのか知りたかったし、またそれが見つかった時に行動できる圧倒的なスキルだけは20代で身につけたいと思った。だから、自分のファーストキャリアはいろんな人に話を聞けて、いろんなことに挑戦させてくれる会社に行こうとだけ思った。

結果的に入社した会社は、当時は2030名ほどの求人広告代理店であったが、20代でなんでもいいから圧倒的なスキルを身につけたい、その後は自分のキャリア選択を応援してほしいという、今思えばかなり自分勝手な意見を受け入れてくれた会社で、そんな意見を面白がってくれた会社は他になかったので、面白いと思って入社を決めた。

正直、最初の会社にはかなり迷惑をかけたし、本当に道に迷いながら仕事をしていた。平日は夜遅くまで働いて親には心配され、休日はNPOやビジネス交流会、起業の真似事などをしていて、とにかく自分のやりたいことが何なのかを探していた時間だったと思う。

入社3年目には大阪に転勤し、興味のあった教育事業の立ち上げ業務に奔走し、気づけば入社から5年の時間が過ぎていたように思う。その間、同世代の人の活躍が雑誌やニュース、仕事などを通じて知れば知るほど、目的意識がなく行動している自分が嫌でしかたなかった。

28歳の時にITの勉強をもっとしたくて転職を決め、再び東京に戻ってここでもがむしゃらに働いた。目標としていた30歳になった時にキャリアを選択できる自分になるためであった。とにかく、自分が本当にやりたいことが何か分からなかったから、30歳まではやりたいことが見つかった時に必要になるであろう、人脈・経験・スキルの3つだけを意識して行動していたように思う。

そして30歳になって、地方創生事業を行うため独立を決めた。いろんな人と触れ合う中で、地方と東京での働き方について考えることや友人の2代目経営者と触れ合う中で地方中小企業の在り方に向き合うことが、今最も面白そうと思ったからだ。

振り返って思うのは「やりたいこと」は都度変わるし、その時に思った感情の赴くままに行動するのが一番正解なのかもしれないと思う。ただ、その時にやりたいと思ったことに対して、必ず覚悟を決めてやりきる。それが大事で、それだけでいいのだと思う。1年・2年経てばもしかしたら、やりたいことはまた変わるかもしれない。でもやるからには覚悟を決めて、だれよりもやりきる。それだけでいい。

それが学べた20代は楽しくもあり苦しくもあったが、心から良い経験ができたと今では思う。自分の場合は将来のビジョンや目的が具体的でないからこそ、ここからの10年でさらにどんな経験ができて、どこまで成長できるか今から楽しみでしょうがないし、思い切った行動ができるのだと思う。常にワクワク感を忘れずに、地方創生の自分なりのビジョンを考えていきたい。

神庭 真志